無線電信の巧みと技

William G.Pierpont N0HFF

-改訂2版-

第15章 タイミング

 

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 タイミングは符号の核心
タイミングこそ符号の核心でそれ無しでは符号は成り立ちません。明確な了解度を提供するには符号のタイミングが均整よく取れているかにかかっています。タイミングの歪みは他要因に比べて受手側が全く理解できなくなるほどでもないのも事実です。しかしこれは正しいのでしょうか? タイミングのコントロールは全てがそのオペレータ次第です。

そのため、とりわけストレートキーや他形式のマニュアルキーで用いて練習を開始した当初から符号タイミングに心がけて練習することが必要です。昨今入門者がマニュアルキーを使わずキーボードやキーヤーなどを使うので多く、これが優秀な(老)教師達を失望させています。しかし現在の教師の殆どは教習生がヒアリングでアルファベットや数字の符号を学習しそれらをなんら不自由なく認識出来るようになるまでは、とりたてて符号タイミングに触れないことが重要だと考えています。

多くの教師は符号を表現する短点(dit)と長点(dah)以外の事柄(つまりタイミング!)が重要であると考えていますが、しかしそれは教習上実際にタイミング時間を測定して云々するものではなく、音により直感的になされるべき物であると考えています。一方では過去(キーヤ、キーボードが出現する以前)の多くの秀でた教師達は符号の構成要素に関し正確なタイミングを学習開始当初から強く要求していました。確かに正確なタイミングは必須ですが、しかし符号をその各構成要素に分解する事によって符号が持つ本来のリズム感を失わないようにし教習生の基本的な符号認識能力を混乱させない様にしなくてはなりません。
 

基本的な単位について
符号タイミングの基本単位は
”Baud"で短点1個分の長さ(0)です。ここでは1つのON信号をで現しOFF信号をで現します。短点(1)に対する信号は長点で、これは短点3個分の長さとなります(111)。短点と長点各々の前後には区別の為に最低でも1個分のスペース(OFF信号(0))が必要で、1符号(文字、数字)内の長短点間のスペースは1(0)1単語を構成する符号と符号のスペースは3個(000)1文を構成する各単語と単語のスペースは7個(0000000)と定義されています。

句読点は通常最後の単語の後に続けて符号間スペース(000)分を空けて打ちます。On/Off信号の長短、時間的な組合せは各々の符号を区別するパターンやリズムを作り出します。正確なタイミングの送信符号をヒヤリングして感覚的にパターンで聴き取る練習をする必要があります。実際の練習では送信者によっていくらか標準的なタイミングからズレている場合があります。これはその送信者の無意識のズレなのかも知れませんし、(わざと)強調しているのかあるいは通信状態に原因があってそのように聞えるのかもしれません。
 

符号期間(マーク)と空白期間(スペース)のバランスの重要性
人の耳はかなり広い許容範囲で、音が鳴っている時間(マーク)を正確にリズムで認識します。短い信号(短点)に比較して長い信号(長点)が十分に長ければ符号を認識することが出来、たとえ短い信号がか細くてもその継続期間が長い信号に対して相対的に十分短ければ識別する上では事足りるのです。

もしスペースに注意を払っているならばマークにも注意を払うことになると言われています。こちらから相手にわかりやすく伝送する為に、符号を構成する短点長点間、単語を構成する各符号間、そして単語間、それぞれのスペースに留意する事は難しいのですが、安易に伝送すれば相手方は理解できなくなる恐れがあります(スペースが見分けられない程字間が詰まった符号を連続して送信すると相手方は符号を認識出来なくなります)。[例えば長点が3つ続く符号では、最初の長点の長さを次に続く長点2つ分と同じ期間となるよう長めに送信するとどんなコンディション下でも聴き取りやすくなると、かつてのアメリカンモールスでは教えられていました。しかしその当時の伝送装置では信号のマーク開始点と終了点をそれぞれ異なるクリック音の一種で認識していました。その際、マークの開始点と終了点の間は無音状態で受け手がこの区間を(マークなのかスペースなのか)混乱する事を防ぎたい送り手の心理からしばしば短か目に伝送されることが多かったのです。逆にスペースの場合もこれと同じ傾向になりがちでした。それでこのようなノウハウが当時教えられていたのです。]

符号を認識してプリントしてくれる符号翻訳機では、送信符号が貧弱で阻害要因が多い場合には殆ど機能してくれません。しかし人間の耳と識別能力はかなりいい加減な符号でも機械より遥かに高い認識をします。耳は能力の高い器官です。紙テープ記録紙でやっと解るようなかなり微弱な符号でも精神的な助けもあって素早く認識する事が出来ます。空電障害や妨害信号に直面しフェージングにもまれた微弱な信号を聴き読み取る練習をする事によってその能力を高める事ができます(第11章参照)。
 

タイミングによって生じる障害
電信の黎明期その技術が普及し始めると直に通信士ひとりひとりの個性が発揮されるようになりました。彼らは彼ら自身を示すID送信を目立たせようと少し奇抜な事をするようになったのです。それは会話で例えると声の質や話し方に工夫するようにです。それは内容の了解度を損なわない程度の楽しげで明快、些細な事でしたが、送信する符号のタイミングとリズムにも影響が出ていました。現在で言えば手動電鍵を使っているアマチュア無線家達の交信そのもので、彼らはさしずめ当時の通信士達の様です。

多くの通信士にとってこれは確たるプライドをかけたものでした。しかし危険も含んでいました。なぜなら多くの通信士達は故意に風変わりな一種のトレードマークの様なスタイルで伝送したので、受信するに十分な距離にある箇所への伝送においても内容が歪められてしまう事が日常化していました。このような通信士は現在でもお空で多く見かけ(聞き)ます。彼らは自分の送信品質あるいは受け手がその認識に困難を強いている事を自覚していないのでしょう。”DoubleSpeedKey””SideSwiper"”CootieKey"などと呼ばれたキーの登場で、電鍵は従来の縦形から横形操作で両側面にそれぞれ接点が設けられ独特の送信スタイルが生じる新しい製品が普及するようになりました。横形電鍵は従来の縦形電鍵のUpDown操作で生じる疲れを和らげますが、縦形とは異なるタイミングを必要とし特有の操作を強いられる為、送信される符号が歪んで聴き取りにくくなる傾向があります。

発売と共に瞬く間に一般的に普及し”Bugs"と呼ばれたセミオートマチックキー(言わずと知れたVibroplexのバグキー)を使った場合、操作する人の意識とは別にその送信スタイルに独特の個性が生じました。
 
手動操作でタイミングを取る際に生じる問題を解消するのに編出された「スイング」と言う手法があります。このキーで送信した際にこのスイングが特徴的でした。これは俗にいう(Jazzの)「スイングする」のと同じです。スイングは通常のリズムによる送信とは対照的にそれと取って代わる符号送信手法で連続する長短点のタイミングを変化させる事をさします。しかし時々送信リズムが異常に不均一になったり抜けが生じたりしました。この為符号を構成する為の独特な技が必要でした。当時大規模で特定の通信を行っている緊密なグループに属する船舶通信士達の間でこのスイングが流行し、バナナボート"エリー湖"キューバなど色々なタイプのスイングがありました。

この件に関して特に有名だったのはユナイテッドフルーツ社の船舶通信士達で、空電状態がひどいさなか聴き取りにくいスパーク信号をコピーする効果的な方法として彼らの多くがスイングを必要としていました。この航海用途のスイングの基本的原理は、1つの符号が長点で終わり次の符号の先頭が長点で始る場合、あるいは1つの符号が短点で終わり次の符号の先頭が短点で始る場合、符号間のスペースを異常に大きくする事、にありました。”E"(ご存知の様に短点1つの)符号を送信する場合にはその前後を1語ほどの十分な長さのスペースを挿入しました。また長めの長点は判読性を上げる事にも役立っていました。例えば"C"符号の先頭の長点は多少引きずる様に送信したのです。

 また他に関してもリズム変化は同じ傾向があり、"Q"などは2番目の長点を長めに引きずる様にしていました(これは今日でもお空で良く聞きますね)。メキシコ湾地域における酷い空電障害を避ける為、湾岸にある2つの無線局ではコールサインを送る際その符号を次のように変化させていました。例えば"WPA"ではPの長点を長くし、また"WAX"ではAXの間のスペースを広めに、Xの最後の長点を伸ばす....などの様に送信することで符号の誤認識に歯止めをかけていました。海事業務の(船舶の汽笛などによる)低周波通信で音がかすかに聞き取れるような場合にもこのスイングが有効である事が近年認められています。「バナナボート」スイングは"KFUC"というユナイテッドフルーツ社が所有する船舶の無線局のコールサインの"符号から生み出された、と多くの人に語られていますが、その他に船が揺れているさなかにそのコールサインを送出しようとして自然に生み出されたものだ、と語る人もいます。「キューバ」スイングや「ラテン」スイングはキューバやメキシコのオペレータが彼らの母国語で互いに通信した際に生み出されたものです。時々個性を発揮しようとして故意にスイングさせているとしか思えない信号に遭遇することがありますね。特に"H","P","C","S","4","5","Y","Q"等の符号がひきつった(痙攣した)ようになっていたり、"J""1"の符号では長点1つだけが長めだったり、思わず笑ってしまう様な短いストロークで打っていたりすることがあります。このような伝送は総て受け手に苦痛を味わせてしまいます。

 1936年の初めイースタン航空通信社の教育主事は"EAL"なるスイングを会社の通信士用に開発する事を決定しました。彼は従来の"bug"(Vibroplexのバグキー)の静止した短点支柱を1/2インチほど前方に移動して改善するアイディアを思いつき、それまで聞いた事の無いようなスイングした符号タイミングが得られたのでした。当初通信士達はこれに馴染めず支柱を元に戻したりしていましたが、しかしやがてそれは問題視されなくなり以来実際の通信業務に浸透していったのです。最近になって他国の海軍通信士達は彼らの通信術の先生に特異なリズムで教育されていた為このスイングで行われる通信の内容を殆ど認識出来ないという事に気づかされました。

 長い年月を経てこの類の特異な習慣は世界のあちこちで垣間見る事が出来ます。それらも「スイング」であると言うべきでしょう。スイングに関する最も古い文献ではRadio News 192112月号の565頁に掲載されている、"The American Radio Operator" (commercial and shipboard)と題された記事で次のように評論されています。突飛で風変わりな送信スタイルを磨き上げ独創的であると信じていること、しかしそれは受信者に普段より大きな負担をかける原因となる。H,P,C,3,4,5,Y,Q等の符号をJ1などの長点の一つを少し長めにしたような奇抜なタイミングで送信をしたり扱いにくく難儀なスイングを故意に続けていると奇妙なストローク僻が身についてしまう。受け手の通信士の事も一寸考ええるべきであろう!
 

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