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A QRP Christmas


This story appeared on the ARRLWeb
Dec 18, 1998

原作:Jeff Davis KE9V

翻訳:Hiroto Tsukada JJ8KGZ

「30センチは積もったか。こりゃまだまだ降りそうだ。」トムは一人でつぶやいた。

その時妻のステラががっかりとした表情で部屋に入ってきたが、トムにはその理由がすぐにわかった。「やっぱり子供たちは来れそうにないのかい?」 彼が訊くと 「そうなのよ」と彼女は応えた。「ちょうど今電話を切ったところよ。道路が全て通行止めみたいなの」

がっかりだ。 クリスマスの二日前だというのに、世界が止まってしまった。

トムは妻を抱きしめて声をかけた。「さあ、おかあさん、僕達もこれを乗り切らないとね。特に今は何も出来ないけれど、この嵐が去るのを待たないといけない。」

若かった二人がこの家を購入してから50年と少し、彼らは何度も大雪を経験してきた。しかし彼らにとって、子供たち、そして今では孫を含めて彼らと一緒に過ごせないクリスマスはこれが初めてだった。 自然は時に残酷なものだ。 しかし彼らにはしばらくの間を凌ぐための充分な食料と、暖を取るための薪もあったし、停電になった際に発電機を動かすだけの充分な燃料も確保していた。 「ちょっとレピーターが動いているかどうか見てくるよ」 彼はそう言ってガレージの上の自分のシャック(無線室)へ向かった。

それは一人のアマチュア無線家として、他の人々に比べるとひとつ強みでもあり、また緊急時の通信業務もその優位な仕事のひとつであった。VHF無線機のスイッチを入れると地元のレピーターは確かに生きており、交信が聞こえた。村の友人が支援を必要としており、連絡を保つためにアマチュア無線家を伴った形のスノーモービル部隊が結成されているところだった。

どんな場合でもそうだが、人々は通信手段というものの大切さを、それが突然失われてしまうまで気づかずにいる。 二年前、携帯電話の急成長を受けて、ミドルタウンは緊急時の際のアマチュア無線の活用をやめる決議をした。その数ヵ月後、集中豪雨で川が増水して洪水になり、落雷で電力網が甚大な被害を受けた時に、携帯電話回線もオーバーロードし、すべて使い物にならなくなってしまった事がある。

落雷の一撃が、再びアマチュア無線を災害時のミドルタウンの通信の主要な位置づけに戻した。市議会はミドルタウンアマチュア無線クラブに対して、庁舎の中の一部屋をその通信本部として使うことを認め、クラブの月例会議の場所として提供するようにさえなった。

ステラはトムのために淹れたコーヒーを手に、シャックに続いている階段を上がって行った。彼女は内心、トムはこの雪害の為にすでに無線で多くの交信をしている最中だろうと思っていた。しかしそれは彼女の思い違いだった。トムは144MHzをそれほど好きではなかったのだ。彼はずっとCW(電信)のオペレーターだった。実際彼は何年もマイクロフォンを持つこともなかった。彼にとって無線とはいつもCWの事だった。

彼が高校生の時、学校の印刷局の教師が彼にアマチュア無線の免許を取るように勧め、1939年に彼は無線の免許を取得した。数年後彼の叔父のサムが、彼に電信の才能があることに気づき、彼を海軍に入隊させ、軍艦ミズーリの通信兵として就職させた。彼は1941年から海軍に勤務し、日本が公式に降伏するまでずっと戦艦ミズーリの乗組員だった。

そして終戦後すぐに彼は高校時代からの恋人だったステラと結婚し、その後電話会社に就職して40年間働いた。 3人の子供が生まれ、彼らは未だに、二人が若かった頃、1947年に新築で購入したその家にずっと住み続けてきたのだった。

トムは物づくりの腕にたけていた。 これまでに彼は幾つかの送信機、そして受信機も自ら組み立ててきた。 一方彼は本格的なBrasspounder(電信オペレーター)であり、30〜40WPMの送受信を難なくできる男だった。彼の無線室はいつも彼の放つ信号の如く整然としていた。そして彼が組み立てたどんな装置もまるで芸術作品のようだった。それらはその動作上も見かけ上も良いものだというだけでなく、明らかに完璧な物だった。地元の無線クラブの他のメンバー達は、トムがあまりにも完ぺき主義者で、たとえネジの頭の溝でさえ、全て同じ方向に向いていないと気がすまない男だったので、何かと彼をからかって楽しんだ。

彼は1961年にハリクラフターのSX-140受信機と、送信機のHT-40を購入するまで、一度もメーカー製の無線機を持ったことがなかった。その後ずっと10年以上、それらは彼の友人の一人が突然他界するまで、彼のシャックの中で唯一の既製品の無線機だったのだ。 彼のその親友が亡くなった時、その友人の奥さんが、亡き夫のシャックにあった全ての無線機をトムに譲ったのだ。 その中にはコリンズのSライン一式も含まれていた。 それはその後トムの心と彼のシャックの中で、とても大きな位置を占める無線機となった。なぜならばコリンズのSラインは彼にとっては究極の無線機であっただけではなく、彼の親友の持ち物だったこともある。 

1986年にリタイヤしたとき、彼は無線機の自作をやめた。 彼はその頃オンエアで知り合った世界中の友人と幾つかのSKED QSO(定時交信)を続けていたのだが、その中で彼にとっては特に多くの元海軍の通信士たちと7.030MHzで交信できる土曜日の夜が一番のお気に入りのひと時だった。 そうした友人達との交信を彼はいつも楽しんでいたのだが、その仲間達も一人、また一人と他界し、その定時交信に集まる無線家の数も徐々に少なくなっていってしまったのだ。 彼はだんだんと落胆の色を濃くして行き、1993年にメインの受信機が壊れてしまった時には、彼はもうそれを修理しようともしなかった。そしてK9NZQは第二次世界大戦以来、初めて電波を出すことを辞めてしまったのである。

ステラは夫の落ち込みがとても心配で子供に相談したりもした。 家族は父親を元気付けるために、お金を出し合って彼の誕生日に新しい144MHz帯のトランシーバーをプレゼントしたりもした。 それは彼が地元のレピーターの交信などを聞いているうちに少しでも元気が出るのではないかと思ったからだったが、トムは滅多にその無線機で交信したりはしなかった。

彼らの期待に反してトムの様子には何の変化もなかったのだ。 ステラは子供たちが再びクリスマスにこの家にやって来ればそれがトムを元気づけ、長く続いた憂鬱から立ち直ってくれるのではないかと願っていたのだが、この雪でそれも叶わぬ事となってしまった。

「発電機がちゃんと動くか見てくるよ。電線が着氷してきているみたいだから」そう言ってトムはキッチンを横切って行った。

彼が裏口から出ている間に、ステラは機をうかがって、彼宛のプレゼントを大急ぎで包装した。彼の友人の一人が、ステラにある無線機のキットを買ってあげてはどうか?と提案したからだった。 その友人の提案にしたがってステラはトムの為にそのQRPのCWトランシーバーを注文した。 彼女は夫がそれを気に入るかどうかは判らなかったが、この大雪の前にその品物が届いていたことはせめてもの救いだった。 とにかくそのクリスマスの朝に、彼のために何かをプレゼントしたかったのだ。

夕方になったが送電線はまだ何とか生きているようだった。外ではまだしんしんと雪が降り続いていた。 TVはこの雪がインディアナ中部にとっては記録的なものになったと告げていた。 「もうそろそろ寝るよ」とトムが言った時、時刻はまだ夕方の6時半だった。

ステラは内心「今がチャンスだわ」と思った。

「ねえ、トム。 少し早いけれど、今プレゼントの交換をしない?二日も待つことはないわ」と言って彼女は夫の手にその綺麗にラップしたプレゼントを手渡した。 トムはなんとなくすぐにそのプレゼントを開けてみる気分にはならなかったが、子供が来られなくなってしまったことで気落ちしているステラをこれ以上がっかりさせたくはなかった。

「そうだね。じゃあ、今君へのプレゼントを取ってくるよ」とトムは返事をした。 数分後彼らはお互いにプレゼントを開けてみせた。 彼女は彼が贈ったパン製造機をとても気に入った様子だった。そして彼は自分へのプレゼントを開けて、その小さなQRPトランシーバーキットを見た時に、彼女以上に驚いたのだった。

「さあ!」と言って、彼女は続けた。「これであなたもここ2−3日の間にすることが出来たでしょう? あなたにキッチンで私の仕事の邪魔をされなくて済むわ。」 トムは自分が妻にすべて見透かされていることが解った。 「君はパイも持たさずに僕を部屋に追いやるつもりかい?」と微笑みながら言った。

「とにかくそれを作ってみてはどう? コーヒーが出来たらすぐにパイを持っていってあげるから。」 ステラは小箱を手に自分のシャックへ向かう夫の背中に声をかけた。

彼女がパイとコーヒーを手にしてシャックへ入って行くと、すでにトムは箱から部品を取り出し、説明書に従って数々の部品を並べているところだった。 彼女は少しでもトムが興味深そうな表情をして作業をしているのを見て嬉しかった。そして自分が彼を応援している気持ちを示すために「グッドラック」のサインを指で示しながら彼の部屋を後にした。

彼は午前零時近くまでシャックから離れずにいた。それまでにメインボード上のコンポーネントの半分ほどまでを半田付けし、いくつかのコイルも巻き終えた。 「もし停電にならなければ…」彼は独り言を口にした。「クリスマスまでにはこれを作動させてみせるぞ!」

次の日の朝、トムはいつもより2時間遅く、7時半に目が覚めた。キッチンに行くとステラはすでに起きていてベーコンを炒めているところだった。 窓の外に目をやると、一晩のうちに新たに30センチ以上の雪が降りつもった様子だった。 しかし青空が見え、朝陽が差し込んでいるのを見て、トムはこの冬の嵐もようやく峠を越えたのを感じた。 朝食の後、彼は再び無線室に戻り、ハンダごてを手にしていた。

トムはその小さなキットに本当に感心した。 説明書はとても判りやすく、その製品はとても質の高い物のように思えた。彼は今まで3ワット以下の出力で無線運用を行った事などなかったが、説明書を読んで彼なりにそれを納得していた。 とにかく彼は何かに没頭でき、自分の手と心を忙しく保つ事が出来ることに喜びを感じていたのだった。 そして彼は古いダイポールアンテナをずっと下ろさずにいた事も、この無線機が実際に作動するかどうかを確かめるためにも幸運なことだったと思った。

その日の夕方の7時までには、キットの組み立ては最終段階に入っていた。電源を入れて初期の動作確認を出来るまでになっていた。「夕食をシャックまで運んでくれないか?」と彼がステラに尋ねたときに、彼女はその小さな無線機のキットを彼にプレゼントして良かったと確信した。

クリスマスイブの午後11時、無線機は完成した。彼はヘッドフォンをつけ、アンテナをつなぎ、そしてその電源を入れた。

スイッチを入れるとノイズレベルがポンと跳ね上がり、ゆっくりとVFOを回してゆくと、交信中のCWが聞こえて来た。その時彼は完成させたそのキットがうまく動作していることを確認できた。「よしよし、いいぞ。」彼は独り言を言った。 ヘッドフォンを外し、彼は無線機が完成したことをステラに知らせようと二階に上がっていったが、彼女は既に眠ってしまっていた。すでに午前零時だったのだ。再びシャックに戻り、彼はヘッドフォンをつけなおした。

「73 ES MERRY XMAS OM DE W5WBL」(73. メリークリスマス。 こちらはW5WBL)

ひとつの交信が終わるのが聞こえた。トムは徐々にそれよりも高い周波数へVFOを回して行き、ある強力な信号がバンクーバーのVE6局と交信しているところで手を止めた。 彼は聞いているうちにその無線機の受信性能の良さに改めて驚いた。 その交信を聞き終えた後、彼は他の2−3の交信に聞き入っていたのだが、突然聞き覚えのあるコールサインが聞こえ、彼はVFOを回すその手を止めた。

「CQ CQ CQ de XE3HHH XE3HHH XE3HHH K」((CQ CQ CQ こちらは XE3HHH XE3HHH XE3HHH どうぞ)。

トムは耳を疑った。 古い友人、メキシコのミギュエルがCQを出しているのだ!トムはミギュエルが何度かCQを出しても誰からも呼ばれないのを聞き、愚かな試みだとは感じながらも、そばにあったストレートキー(縦ぶれ電鍵)を取り、それを無線機につないだ。 電鍵に触ることすらもう何年もせずにいたからだった。

「きっとうまく打てないだろうな・・・」そう思いながらトムは電鍵を打ってみた。 「XE3HHH XE3HHH XE3HHH de K9NZQ K9NZQ HW CPI OM?」(XE3HHH XE3HHH XE3HHH こちらは K9NZQ K9NZQ 聞こえますか?どうぞ。)

ミギュエルが即座に応答してきたのを聞き、トムは驚きのあまり呆然とした。「K9NZQ de XE3HHH FB OM I THOUGHT YOU DIED HI HI MERRY CHRISTMAS AMIGO.」(K9NZQ こちらは XE3HHH 素晴らしい! もう君は死んでしまったのだと思っていたよ(笑)。メリークリスマス。アミーゴ!)

ミギュエルが無線機の前を去るまでの間、二人は一時間近く交信をした。 別れの挨拶を交わした後、トムは椅子に深く座りなおし、手で顎をこすりながら考えた。 今日一日がどれだけ楽しいものだったかを思い返し、彼は思わず微笑んでいた。 小さなキットを組み立て、旧友とこうして交信できたことで彼の喜びの一日は終了したかのように見えた。 国から支給されている恩給の半分ほどをつぎ込んで壊れた無線機を修理しないと、メキシコの旧友、ミギュエルとは交信など出来ないと思っていたし、ましてや3W以下の出力でなどそれは不可能な事だと思っていた。 常時QRPで交信を楽しんでいる無線家たちを知ってはいたが、実際にそんな出力で交信することは楽な事ではなく、どこかリスキーなことだと感じていたからだ。 少なくとも彼は、それがこんなに簡単に出来てしまうことだとは考えたこともなかった。

彼はさっきミギュエルと交信した周波数のすぐ下で強力な信号がCQを打つのを聴くまでは、無線機のスイッチを切って寝ようと思っていた。 その信号はKL7DDだった。 トムはふたたび電鍵に手を伸ばし、ごく短い交信をするか、あるいは相手を呼んでみて応答してもらえなければすぐにベッドに入ろうと思った。 KL7DDはアラスカのポイントバローに住むジョーという男だった。 ジョーもトムと同じ海軍の退役軍人だと知り、二人はすぐに打ち解けあった。 ごく短い交信をするつもりだったのが二時間におよぶ交信になった。 途中でトムの信号が落ち込み、ジョーには聞こえづらいものになったりもしたが、その交信を通して、小さなそのQRPトランシーバーの性能をすっかりトムは信頼するようになっていた。

その後4局と交信し、トムはかなりの疲労を感じた。 無線機のスイッチを切り、ベッドへ向かおうとした時にステラがシャックに入って来た。「メリークリスマス!」と彼女は喜びの声を上げた。「夕べは何時に寝たの?あなたが起きたことに気がつかなかったわ」と彼女は訊ねた。

トムは自分が一晩中寝ずに無線を楽しんでいたという事をどうやって説明したらよいかわからなかったので、ただ一言「早起きしたのさ」と答えるしかなかった。

「さ、朝ごはんを作らなくちゃね」と彼女は階段を下りて行った。 キッチンテーブルの椅子に座ったときにも、彼はまだ夜の間に交わした交信の数々を思い返していた。 「ねえ。おかあさん。」彼は微笑みながら妻に話しかけた。「このクリスマスは僕達が経験してきた今までのどのクリスマスよりもずっと素晴らしいクリスマスかもしれないよ。 朝ごはんを済ませたら子供達に電話しよう。 そして僕はお昼までに無線室に戻らなければいけないんだ。 7メガヘルツで友達が新しくあげたアンテナの聞き比べをしてあげる約束をしたものだから。」

K9NZQ がその後再びアクティヴに無線を楽しむようになったのは言うまでもない。


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