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1,000 Marbles

原作:Jeff Davis KE9V

翻訳:Hiroto Tsukada JJ8KGZ

歳を重ねるにつれて、土曜日の朝がだんだんと楽しく感じてくるようになる.
たぶんそれは家族の中で一番早く起きた時の家の中の静けさもあるが、その日は仕事に行かなくても良いという、一種の開放感から来るのかもしれない。どちらにしても土曜日の朝は私にとって最も楽しいひと時だ。

2〜3週間ほど前、私は湯気の立つコーヒーカップを片手に、そしてもう一方の手にはその日の新聞の朝刊を持ち、コーヒーをこぼさないようにそろりそろりと歩きながら、地下にある自分のシャック(無線室)に向かった。いつもと変わらない土曜日の朝だったが、その日は自分の人生においてとても意味のある、ある大きな出来事が起こったのだ。それをここでお話ししよう。

シャックに入り私はアストロンの安定化電源のスイッチを入れた。
それはいつも机の上に置いてある地元のレピーターの周波数に合わせたVHF無線機、それともう一台、私のHF用の無線機に電源を供給するものだ。 まもなく私はQRPの呼び出し周波数である7.040MHzにダイヤルを合わせた。早朝の7メガは面白い。それはまるで魚釣りのように、どんな局と交信できるか予想もつかない醍醐味がある。

私はゲインコントロールつまみを回して、音量が心地良く聞こえる程度に調整し、椅子に背をもたせかけて新聞をパラパラとめくりながら読んでいた。どこそこで発砲事件。そして爆破事件。どこかのテロリストグループが報復を予告。そして政府の増税論議…。 
見る限り、夕べのニュースが報じていた状況と世界は何ひとつ変わってはいなかった。

無線機からは、ある局が「CQ FISTS*」を打つのが聞こえた。 私が彼を呼ぼうとする前に、とても強力な信号でVE3(カナダ)局が彼を呼んで交信を始めた。まもなくその交信は終わったが、再び別な交信が始まるのが聞こえた。

再びカップにコーヒーを注ぎに行き、私はまたシャックに戻ってヘッドフォンをつけ、7メガのバンド内を聞いてまわった。7.035MHzで強い局がCQを出している。私はそのメイン州ケンネバンクに住む局をコールし、交信を始めた。シグナルレポートを交換し、私たちはお互いにリグやアンテナ、そして天候のことなどをレポートしあった。数分後その新しい友人は、地元のアマチュア無線家たちと朝食を取りながらミーティングをする為に出かけるので運用を終了すると言い、私達はお互いに73(さようなら)を送って交信を終えた。

そこで私は周波数を高い方へ変えて、同じ7メガのSSBバンドを聞きに行った。それは土曜日の朝行われているSwap Net**を聴くためだ。 ダイヤルを回していくと、途中でビリビリとしたとても強力な信号に遭遇した。それは美しく響く音声だった。そうした局はあなたの所でも見かけるだろう。ひょっとして彼は放送局で仕事でもしていたに違いないと思わせるような見事な音声信号だ。 私は以前から彼の声を聞いて知っていた。 彼は出会った局、誰にでも何かしら「1000個のビー玉」の話をする男だった。興味が沸いた私はその周波数に留まり、彼がどんな話をするのか黙って聞きはじめた。

「いいかい、トム。君が仕事で忙しいのはじゅうじゅう理解できるし、良い給料をもらっているのも解る。しかしね、家や家族から離れているのはやはりとても残念な事だよ。生計をやり繰りするために若い友人達が週に60から70時間も働かなければならないなんてのは信じられんよ。娘さんのダンスリサイタルを君が観に行けなかったなんて、それはあまりにも残念なことじゃないか。」

彼は話を続けた。「トム、君に良い話を教えてあげよう。私が長い間自分の人生でどんな事柄に優先順位をつけてきたか。そんな考え方を持つためには、とても役に立つ話だと思うんだ。」

そこで彼はその「1000個のビー玉」理論の話を始めた。

「いいかね。私はある日机に座って簡単な算数をやってみたんだよ。 平均的な男性はだいたい75歳位まで生きるだろう? ま、ある人はそれよりも長く生きるし、またある人はそれよりも早く死んでしまうがね…。しかしまあ、僕の友人達もだいだい平均75歳くらいまでは生きているよ。」

「その75と言う数字に52を掛けてみたんだ。すると3900という数字になる。実はそれは一人の平均的な男性が一生の間に迎える事のできる土曜日の数なんだよ。いいかい、よく聞いてくれよ、トム。私の話はここからが重要なんだ。」

このとき私はこの交信にすっかり聞き入ってしまっていて、Swap Netの事はとうに忘れてしまっていた。その老人がそこでどんな話をするのかをすべて聴くまで、私はその周波数から離れないつもりでいた。

「この事に気がつくまで、私は55年もかかってしまったんだがね。」彼はそう言って続けた。「その55年間で私はすでに2500回の土曜日を過ごしていた事になる。ということは、計算するともし私が75歳まで生きるとすれば、あと1000回の土曜日しか残っていないってことが解ったのさ。」

「だからその後わたしは玩具屋に行ってありったけのビー玉を買って来たんだ。1000個のビー玉をそろえるのに三軒の玩具屋をまわったよ。そしてそのビー玉を持ち帰り、透明の大きなプラスチックの容器に入れて、今この私のシャックの無線機の横に置いてあるのさ。それ以来、毎週土曜日が来ると、私はその容器から一個のビー玉を取り出して捨てるんだ。」

「ビー玉の数が減って行くのを見ている内に、私は人生の中で何がより重要なことなのかという事を真剣に考えることが出来るようになったんだ。この地球上で自分に残された時間があとどれくらいあるのかという事が目に見えるってのは、私達が大切なことを真っ先に行う事の良い助けになる。」

「この交信が終わったら私は可愛い妻を連れ出して、朝食を食べに外に出かけるつもりなんだが、その前にもうひとつだけ君に話したい事があるんだ。私は今朝、その残りのビー玉の、実に最後の1個を、その容器から取り出したばかりなのさ。 もし私が来週の土曜日まで生きていられたとしたら、私は少しだけ余分な時間を与えられたことになる。そしてその後は、その少しの時間の全てが私達に許された唯一大切なものになると思うのさ。」

「君と交信できて喜んでいるよ、トム。君が家族ともっと時間を過ごせるように祈っている。そしてまたいつか君と交信できることを望んでいるよ。さようなら、トム。こちらはK9NZQ 良い一日を!」

この老人が交信を終えた後、バンドは水を打ったように静かになった。私は彼がとても重要なことを私たちに教えてくれたような気がした。その日、私は朝の内にアンテナの調整をし、その後所属している無線クラブの機関紙を作るために、地元のアマチュア無線家たちとの打ち合わせに出かけるつもりでいたのだったが…。

その代わりに私は階段を上がって妻が寝ている寝室へ行き、キスをして彼女を起こした。
「さぁ、ハニー。子供達と一緒に外へ出かけて、どこかで朝ごはんを食べないかい?」

「あら、一体どうしちゃったの?」彼女は微笑みながら訊いてきた。
「どうもしないよ。ただずいぶん長い間子供達と土曜日を一緒に過ごしていないなと思ったからさ。おっとそうだ、途中でどこか玩具屋さんに寄ってくれないか?ビー玉を買う必要があるんだ。」




(注)
* FISTS  国際モールス保存協会。Geo Longden, G3ZQSにより、1987年に設立された国際的な無線クラブ。全世界ではFISTSクラブの会員は5,000人以上となり、毎月100人のペースで増えている。

**Swap Net 古くから北米で行われている、無線機器の交換や売買、その他様々な情報を共有するためのオンエアミーティング。


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